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「山縣美季ピアノ・リサイタル」に寄せて

 一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)の育英・広報室長を務められ、YouTube(ピティナピアノチャンネル)の解説でもおなじみの加藤哲礼様から、りゅーとぴあ会員限定コンサートVol.5「山縣美季ピアノ・リサイタル」に寄せてメッセージをいただきました。

移りゆく季節に

 日本の美しい四季は、なめらかに移りゆく。暦の上では節分だ、立秋だなどと言いながら、季節はいつでも、唐突に現れたり、突然に立ち去ったりするものではない。新しい季節はいつのまにかそこに在り、過ぎ行く季節は誰も知らぬ間に姿を消す。それでもなお、私たちは季節の鮮やかな対照に強く心を動かされる。否。なめらかで境目のない推移こそが、移ろいゆくことの美しさを私たちにしみじみと教えてくれる。

 山縣美季さんの音楽のなかでは、その優美な名前が示すとおり、まさに美しい季節がそのように巡る。表面的な目くらましと断絶で聴き手を幻惑し、それが音楽の与える感動だと錯覚させるような表現が跋扈(ばっこ)するこの時代において、彼女のまなざしは、音と音とのあいだに揺らぐ細やかな移ろいにじっと注がれ、その音は、人と人との隔たりを超えて行けとひたすらに願いながら精いっぱいの愛をもって空間に放たれる。だから彼女の音楽はいつでも、強靭な祈りとやさしさに満ちている。

 彼女の音楽家人生もまた、スタートしたばかりではあるが、なめらかに移ろいながら、その内側では激しく脈を打っている。プロフェッショナルを目指す道は、音楽の世界においては殊更に厳しい。「あなたは、<それでもなお>音楽を愛して生きてゆきたいか」と突き付けられるような辛苦の繰り返しである。年端も行かぬ早熟の「天才」たちに比べれば、山縣さんの才能の開花は少しゆっくりだったが、自立して音楽の道をゆくと決めてからの急激な成長には目を見張るものがある。そのぶん、時に彼女の容量を超えるような試練も一挙に押し寄せ、それゆえに彼女の音楽は、折々の風を受けて浮沈する。けれどそれがまた、人間らしくて、すこぶる良いのだ。揺らぎながら進むその過程すらも見ていたいと思わせてくれる真摯で誠実な取り組みが、常に彼女の音楽の根底にはある。

 つながることへの信頼がつい揺らいでしまうこんな時節にこそ、山縣美季さんの音楽を届けたい。美しい季節が巡ってゆく、詩的で豊かで幸福な時間を。

 

「山縣美季ピアノ・リサイタル」に寄せての画像  (加藤哲礼/一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)育英・広報室長)

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