時を経て熟成した、深い味わいがわかる大人の方へ
新潟市音楽文化会館の館長、小林淳一さんにお話しを聞きました。
―― 小林さん、よろしくお願いします。
小林 よろしくお願いします。早速ですが、ワインはお好きですか?
―― そうですね。日本酒の方がよく飲みますが。
小林 私は新潟の日本酒も大好きですが、ワインが大好きなんです。いつもは千円以下で、いかに美味しいワインを探すかに情熱を傾けているのですが、今日はその対極にあるワインのことからお話ししてみたいと思います。
―― 千円ではなく、一万円?
小林 十万円です!まあ、そこまでしないのもありますが。「ヴィンテージ」というのはご存じですか?
―― 年代物の、希少な高級品のことですね。
小林 はい。最近では、希少という意味で自動車や洋服など他のものにも使いますが、本来は葡萄の収穫のことなんです。葡萄の当たり年に仕込んだワインのことをヴィンテージ・ワイン、略してヴィンテージといい、普通はフランス・ワインであればシャトーものといわれるようなワインであって、長いものは十数年も熟成させて飲むような高級ワインをイメージします。
―― シュトー・マルゴーとか、シャトー・ラトゥールのようなワインでしょうか。
小林 詳しいですね。今日ご紹介する演奏会は「ヴィンテージ・リサイタル・シリーズ」と名付けました。これは、ヴィンテージ・ワインのように時を経て熟成した深い味わいを楽しんでいただきたい思いから名付けたものです。
―― 音楽文化会館も今年開館40周年ですので、まさにヴィンテージです。
小林 私はこれまで通算して3つのホールで24年間、音楽企画の仕事をしてきましたが、音楽家や音楽ホールの関係者がよく言うのは、歴史を経たホールは多くの演奏会の音を吸って、響きが落ち着いて良くなるということです。
―― ホールも熟成する。
小林 そのとおり。そして40周年のヴィンテージのホールにふさわしい演奏家と曲目として選んだのが、日本を代表する巨匠のお二人、ヴァイオリンの前橋汀子さんとチェロの堤剛さんの無伴奏バッハ・プログラムというわけです。
―― 演奏家も曲目もヴィンテージというわけですね。
小林 はい。さらに、カーブドッチさんに協賛をいただきまして、ヴィンテージ・ワインの試飲をしていただけるほか、これもヴィンテージといえる新潟グランドホテルさんの宿泊券を抽選でプレゼントする企画も予定しております。
―― 無伴奏バッハ・プログラムというと地味なイメージがありましたが、40周年記念らしく華やかな会になりそうです。
小林 素晴らしいことに前橋汀子さんは今年が演奏活動55周年です。前橋さんが近年力を入れている演奏会が二つありまして、一つは小品を中心とした親しみやすいプログラム。もう一つがバッハの無伴奏プログラムや、ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会などの本格的な演奏会です。
実は5年前の2012年に、演奏活動50周年記念の小品を中心とした演奏会をりゅーとぴあで開催していますので、今回はもう一方の本格的なプログラムを聴けるチャンスになります。
先日、東京でオーケストラと共演した前橋さんの演奏を聴く機会がありましたが、端正で整っていながら、気迫のある力強い演奏でした。アンコールに、今回の演奏曲目であるパルティータ第3番から第3楽章を演奏されましたが、実に充実した音楽でした。
―― 今回まさにヴィンテージな演奏を心ゆくまで味わえるわけですね。
小林 バッハの無伴奏ソナタとパルティータという曲は、ヴァイオリン1丁で豊かな響きと深い音楽を表現できる作品として、ヴァイオリニストにとっては宝物のような曲です。形式は単純ですが、その音楽は宇宙のように大きく、演奏者の音楽性やその人生までもが色濃く反映される作品です。
5歳でデビューし、17歳で当時「鉄のカーテン」と呼ばれた旧ソ連に単身留学してキャリアをスタートした前橋さんの波乱の55年の人生から醸し出される演奏は、まさに円熟の極みだと思います。どんな宇宙が広がるのかとても楽しみです。
―― 本当に、全てがヴィンテージの味わいです。
小林 はい。余談ですがヴィンテージ・ワインを飲むとしたら何と合わせますか。私は、シンプルにおいしいチーズと焼きたてのフランスパンがいいですね。
―― 確かにそれは究極かもしれません。
小林 バッハの無伴奏というのはそういう味わいだと思います。シンプルだけど、味わい深くて、そして華やか。ヴィンテージ・ワインもそうですが、時を経た熟成の味わいがわかる、大人の方に聞いていただきたい演奏会です。
―― ありがとうございました。