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涙なしに聴けない曲

音楽企画課の榎本広樹さんに、ホルストの「惑星」についてお話しを聞きました。

―― 榎本さん、こんにちは。

榎本 よろしくお願いします。さて、平原綾香さんの大ヒット曲「ジュピター」を覚えていますか?

―― ええ、もちろん。

榎本 デビューシングルとして2003年12月に発売され、2004年2月にはオリコンチャート月間1位になったのですが、ポップスって回転が早いじゃないですか。その後ランキングはどんどん下降していくし、この曲に続いて平原さんは2004年10月上旬までに4枚ものシングルを次々にリリースしたのですが、どれもパッとしなかった。当時業界では「この人は一発屋で消えるんじゃないか」という声もあったそうです。

―― 今となっては信じられませんね。

榎本 転機となったのは2004年10月23日に発生した中越地震ですよ。被災者を勇気づける曲として、ラジオ局がこぞってこれを流した。すると再びオリコンチャートを上昇し、ついには100万枚を超える大ヒットになり、紅白にも出場しました。誰も平原さんが一発屋だなんて言わなくなったわけです。

―― ジュピターの歌詞にはたびたび「ひとりじゃない」が出てきます。中越地震以来、ジュピターは新潟県で圧倒的に支持されていますね。

榎本 その平原さん、2005年にこのジュピターをもって初の全国ツアーを行なって、新潟県内は中越地震の被災地の一つ、魚沼市小出郷文化会館でコンサートをやりました。平原さん、ジュピターが被災地の人たちからどのように求められ、リクエストが寄せられたのか、よくわかっていたんですね。コンサートのオープニングでアップテンポの曲を3曲歌って、最初のトークの部分になって、「皆様、今日は本当によくお越しくださいました・・・」って言った瞬間、目から大粒の涙をボロボロっとこぼして。慌ててスタッフが差し入れたタオルに顔を押し当て、「今日は泣かないにしようと思ってたのに・・・」としばらく顔をあげられなくなった。それを見てお客様もいろんなことを思い出してやっぱり涙を流して。

―― (泣)

榎本 でも平原さん、プロでした。やがてタオルを目からはずして一言、「よし!」と気合いを入れて、そのあと2時間見事なパフォーマンスを展開しました。さすがでした。で、今日のご紹介は、平原綾香さんのジュピターのもととなった、イギリスの作曲家ホルストによる「惑星」です。

―― いよいよ本題ですね。

榎本 平原さんのジュピターは、ホルスト「惑星」の木星のメロディを使ったものです。壮大で重々しくて美しい。この木星が入った組曲「惑星」は、作曲された1910年代の当時知られていた太陽系の惑星のうち、地球を除いた7つの惑星の、占星術的な意味からアイデアを得て作曲されているんです。

―― 当時ホルストは占星術に傾倒していたようですね。

榎本 組曲は火星から始まります。ヨーロッパの占星術で火星は、「戦争をもたらす者」という意味を持っています。見た目の赤さが血の色を連想させるからでしょうか。この曲、雰囲気はほとんどスター・ウォーズの「ダース・ベイダーのテーマ」です。

―― 実に禍々しいです。

榎本 次の金星は「平和をもたらす者」。静かで美しい。その次は水星で「翼のあるメッセンジャー」。ひらひらと飛び回るめまぐるしい音楽です。そしてお待ちかね、木星は「喜びをもたらす者」。この中間部に、あの壮大なメロディが鳴り響きます。そして木星の次が土星、「老いをもたらすもの」。

―― 老いですか。

榎本 ホルストはこの曲が一番気に入っていたみたいですよ。その次が天王星、「魔術師」。宇宙の彼方、太陽から離れたところにいる魔法使いです。そして最後が海王星、「神秘主義者」。暗闇に消えていくみたいに終わります。もうね、組曲全編が濃厚な幻想趣味に色付けされた、最も人気がある20世紀のオーケストラ曲なのですが、実際に演奏されるチャンスはそれほど多くありません。

―― 人気なのに演奏されないのはなぜですか?

榎本 大変だから!普段はあまりオーケストラで使わない特殊楽器もたくさん使うし、最後は舞台裏に配置した女声合唱まで必要だし、とにかく大変なんです。お金もかかる。我が国を代表するプロ・オーケストラの一つ、東京交響楽団の100回にも及ぶりゅーとぴあでの定期演奏会でも、一度も演奏されてきませんでした。

―― それがついに今回。

榎本 101回目にして演奏されます。新潟に居ながら、ホルストの組曲「惑星」全曲を一度に聴くことができる稀有な機会です。私はいつもS席で、最高の音響をお勧めしますが、今回に限ってはB席でもC席でもいいです。とにかく、どうかこの組曲「惑星」全曲演奏を聴いてください。

―― 榎本さんの強い思いを感じますね。

榎本 実は個人的に木星にもう一つ思い出があって。中学1年生のとき卒業式に参列していたら、「卒業証書、授与」のところで、この木星のメロディが流れたんです。当時この曲を知らなくて、めちゃくちゃ感動して、先生に曲名を聴いたらホルストの「木星」だと。2年生のときもやっぱり卒業式でこの曲が流れて感動して。ついに自分が卒業生のとき、わくわくしてこの曲が流れる瞬間を待っていたら、別の曲が流れました。先生がBGMを変えてしまったのですね。私、卒業とは全く別の意味で泣きました・・・。

―― 遠い目をしている榎本さんはこのまま放っておいて、皆さん、4月23日(日)、ホルストの「惑星」を聴きにりゅーとぴあへいらっしゃいませんか?

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