人類で初めてナマコを食べた人の好奇心
―― 音楽企画課の榎本さんにお話しをお聞きします。
榎本さん よろしくお願いします。世の中には◯◯マニアっていう方々がいるじゃないですか。
―― いらっしゃいますね。私たちの職場には鉄道好きが多いです。榎本さんは?
榎本さん 私はマニアと言えるほどのものはないのですが、ネットで見ていて面白いなあ、こういう世界もあるのかと思ったマニアの世界は、たとえば隧道(ずいどう)マニアとか。
―― 隧道マニア。トンネルですね。
榎本さん そう。もう使われていないトンネルとか、たまらないんですって。昔の手掘りのトンネルとかね。
―― 他にも廃墟マニアの方もいます。
榎本さん 世の中には本当にいろんなマニアがいるものですよね。クラシック音楽の世界にもいて、ジャンルのひとつを申し上げると、秘曲マニア。
―― 珍しい曲を好む方ですか。
榎本さん 誰もが知る名曲ではなく、これまで聴いたことのない曲と出会いたいという、好奇心の塊のような方々です。
―― なるほど。
榎本さん 話は逸れますが、食べ物で珍味ってあるじゃないですか。ホヤとか、ナマコとか。私はずっと、昔の人は食べ物がなくて食べたのだと思っていましたが、それは間違っていたのかもしれません。
―― どういうことですか?
榎本さん 猛烈な空腹が理由ではなく、食べてみたくて食べたのではないかと思います。「どんな味がするのかなあ」と好奇心で。
―― 食べたら意外と美味しかった。
榎本さん そういう方々が世界をより豊かにしてきたのではないかと。世界は好奇心によって開拓される。
―― かもしれません。音楽に話しを戻しましょう。
榎本さん はい。今日ご紹介するのは、3/4(日)に当館で行われます「東京交響楽団 第106回新潟定期演奏会」です。オール・モーツァルト・プログラムなんです。
―― オール・モーツァルトということは、演奏される曲全部がモーツァルトの曲ということですね。
榎本さん はい。オペラの序曲があったり、美声のバス歌手 妻屋秀和(つまやひでかず)の歌によるオペラ・アリアがあったりするのですが、メインとなるのが「エジプト王タモスのための合唱曲と幕間の音楽」というモーツァルト唯一の劇音楽です。
―― 劇音楽というと、お芝居を上演するときに演奏される音楽、ということですか。
榎本さん そうなんです。オペラは音楽と芝居が一体となって物語が進みますが、劇音楽は劇が上演される時に演奏される音楽で、時代が変わってお芝居が上演されなくなると演奏されないことがあるんです。
―― お芝居のBGMみたいなもの?
榎本さん BGMというほど軽い存在ではないんですね。たとえばジョン・ウィリアムズの音楽がない「スター・ウォーズ」を想像してみてください。
―― それはもうスター・ウォーズではありませんね。
榎本さん 映画と音楽は一体ですよね。映画のないモーツァルトの時代、演劇と音楽が一体となって観る人を圧倒したのだと想像します。
モーツァルトの時代から200年以上がたち、お芝居はすっかり上演されなくなり、この曲も顧みられなくなった。でも、秘曲マニアの間では注目されていました。「これ隠れた傑作なんじゃないの」と。
―― モーツァルト本人はどう思っていたんでしょう。
榎本さん 自信があったみたいですよ。作曲した10年後の1783年に書かれた手紙で、お父さんにこう告げています。
「ぼくが『タモス』のために書いた曲を活用できないのは、とっても残念です!この芝居は、当地ウィーンでは気に入られなかったので、不評作の仲間入りをしました。再演されることはないでしょう。ただ単に音楽だけならば、再演奏されることもあるでしょう。でも、それは多分むつかしいでしょう。実に残念です!」
―― 悔しさも滲んでいます。
榎本さん ヨーロッパ音楽史に名を残す天才モーツァルトです。素晴らしい音楽です。今回ご紹介するコンサートでは、演奏されるのが極めて珍しいモーツァルトの隠れた逸品を聴くことができるというわけです。
―― 楽しみですね。
榎本さん 私自身、生で聴くのはこれが初めてなので、聴き逃すともう一生聴くチャンスはないとさえ思っているんです。
―― それは聴き逃せませんね。ありがとうございました。