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キングカズは50歳を超えても「うまくなりたい」と言っています。生涯精進するのが、達人なんです。

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Special Interview/大島輝久さん(能楽師・シテ方)

「能の分かりにくさを取り除きたい」「日本が誇る文化をもっと知ってほしい」
そんな熱い思いを胸に、西へ東へ奔走する若き能楽師4人組がいます。りゅーとぴあでお馴染み、「若手能楽師に聞く 能の楽しみ」の面々です。そのお一人である大島輝久さんに、いよいよ 3月に開催されるスペシャル公演 についてお話しを聞きました。

《自分は能に向いていないと思った幼少の頃。そして、スイッチが入った瞬間》

―― 今日はよろしくお願いします。まずはご自身について教えてください。

大島さん 私は広島出身で、高校まで福山市にいました。家(喜多流大島家)は明治時代から続くシテ方で、私で五代目になります。物心つく前から祖父 久見(ひさみ)から稽古をつけられて、初舞台は2歳の頃でした。とにかく祖父は熱心な人でしたね。

うちは自宅と能舞台が同じ敷地内にあったんですよ。いつの間にか稽古が始まり、舞台にも上がっていました。当時はそれが恵まれた環境とは知らず、「やらされていた」感覚がありましたね。1つ上の姉が舞台が好きだったこともあり、自分は能に向いていないとも思っていました。

―― 高校ご卒業後はどうされたのですか?

大島さん 上京して、塩津哲生先生(喜多流能楽師)に師事しました。初めて身内以外の方から指導を受け、すべてが自己責任の世界に身を投じて「怖い」と思うと同時に、積極的に能と向き合うようになりました。やる気のスイッチが入った瞬間です。広島では心のどこかで身内に甘えていたのでしょうね。失敗しても誰かがフォローしてくれるだろう、と。

―― そして今日まで着実に前進して来られました。

大島さん 着実かは分かりませんが、自分を戒めつつ、ですね。世阿弥の「離見の見(りけんのけん)」という言葉があります。観客の立場で己を見るという意味です。稽古を重ねて役に入りすぎると、どうしても崩れてくる部分を、客観的に正していく。これを高度なレベルで行うことが大切なんです。

―― 試行錯誤は今も続いていますね。

大島さん はい。私は今40代ですが、能の世界では鼻垂れ小僧。それに、名人といわれる人ほど試行錯誤を続けています。向上心があって、もっと良くしたいと思っていると、必ず何かを変えないといけないわけですから。探究心を持って常に自問自答し、答えが見つかったと思ったら次の課題にぶつかる、その繰り返しですよ。

―― まさにエンドレスです。

大島さん サッカーの三浦知良さんは50歳を超えてもなお「もっとうまくなりたい」と言っていますよね。年齢を重ねて体力は落ちていく中で、それを補えるものは何かを探求し続けられる人は、実は少ないのです。サッカー選手も能楽師も、生涯精進です。

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《戦いの話でありながら、切ない恋心が伝わってくる。だから、名曲なんです》

―― さて、3月30日(土)に開催されるスペシャル公演 についてお聞きします。

大島さん 私を含む4人の若手能楽師で、一年に3回「若手能楽師に聞く 能の楽しみ」という企画をやってきました。いわゆる能楽基礎講座で、ストーリーなどについて解説や実演を行い、理解を深めた状態でお能をご覧いただきます。

「お能の分かりにくさを取り払いたい」、そんな思いで続けてきた企画ですが、やはりゴールはお客様に本式のお能を見ていただくこと。願い叶って2017年にスペシャル公演を行うことができました。その第2弾が、いよいよ3月に行われます。

―― 第2弾にも大きな期待が寄せられていますね。

大島さん いつも私たちを励ましてくださり、大変うれしく思います。長年盛り立ててくださった新潟のお客様に、恩返しのつもりで次回も頑張りたいと思います。

―― どんな演目をされますか。

大島さん 「巴(ともえ)」という能をご覧いただきます。この曲は修羅能(しゅらのう)という戦さを描いた曲のひとつです。他の十数曲は男性が主役なのですが、「巴」だけが唯一、女性が主人公の修羅能なのです。

琵琶湖のほとりの粟津の原に、涙を流して参詣する女が現れます。巴の亡霊です。彼女は、源義経との戦いに敗れた木曽義仲の恋人で、女性でありながら一騎当千の強い武将でした。本当は義仲と共に死にたかったけれど、義仲がそれを許さず、彼の自害を見届けて故郷に帰らされた。その執心が粟津の原に残って、亡霊として出てきたわけです。

巴が義仲を思う気持ち、忠義を超えた恋心が、この作品の土台にあります。戦の話でありながら女心が舞台から伝わってくる、これが他の修羅能とは決定的に違う特徴であり、「巴」が名曲と呼ばれる由縁です。公演当日は、巴の思いが溢れるような舞台にできればと思っています。

―― 女性の装束で登場されるのでしょうか。

大島さん はい。前半は唐織と着流しという、女性のオーソドックスな姿で出ます。後半は甲冑姿なのですが、薙刀を手にし、鉢巻をまいて、少し女性らしい部分を残した剣士の扮装になります。難しいのは合戦の部分で、単に勇ましく荒々しく戦うのではなく、巴独特の美しい身のこなしと立ち振舞をします。ぜひ注目してご覧ください。

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撮影:東條睦子

《一見止まっているような瞬間も、全身全霊を賭けて、命の炎を燃やしています》

―― 最後に新潟のお客様にメッセージをお願いします。

大島さん もともと縁もゆかりもなかった新潟でしたが、今では一年間で最も足を運ぶ土地になっています。それも、温かく迎えてくださる新潟の皆様のおかげに他なりません。心からの感謝を力に換えて、3月の公演は全身全霊で務めたいと思います。

私たち能楽師は一見止まっているような瞬間でも、アクセルとブレーキを目一杯踏み込んだ均衡状態で、舞台上で命の炎を燃やしています。そこに芸能としての価値があり、また、見てくださる方に伝わるものがあると私は信じます。刹那にすべてを賭ける私たちの姿を、どうぞ見届けてください。

―― ありがとうございました。

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